ワタクシの知る限りでは、今までドリモノの写真や図面などは、元をただせばドリーム交通に勤務されていらしたT氏の遺されたものからドリモノを研究されている方、ないしは愛好家の方々に引き継がれたものが出回っているものと認識しておりました。
ところが今回、とあるご縁があってT芝側からと思われるモノレール資料や記録を拝見させていただく機会に恵まれたのです。
状態としては、総てスライドフィルムに収められていて、今でいうパワーポイント的に東芝式モノレールのプロモーションとして使用されたか、あるいは記録媒体として当時、一番コンパクトなものとしてフィルムに収められたのか、いずれにせよ膨大な枚数のフィルムを見せていただくことが出来ました。
中には同じカットが複数存在していたものもあり、フィルム自体がマザーフィルムではないものと思われますが、内容としては、奈良のドリームランドのモノレールについてがほとんどで、大船線については、車両の画像がわずかに、また、大船線の軌道桁の製造現場(三井建設)に並んだ桁のカットが何枚かありましたが、それ以外はすべて奈良ドリームランドのモノレールについて、または東芝式モノレールの特徴を紹介するカットなどが占めていました。

記録媒体がスライドフィルムであり、また諸般の事情で大きな画像でのご紹介は差し控えますが、奈良のモノレールについての様々な場面がカラーフィルムで撮影されていました。
例えば、完成車体のイラストスケッチ、全体図をはじめとした車体の各部分や軌道桁などの詳細図面、東急車両での製造風景、車両各部品の写真、そして府中工場への陸送写真、さらに府中から奈良への陸送写真など多種多様に記録されています。
また、川崎の東芝科学館で走行展示されていたモノレール模型も記録されていて、「東芝号」とか「奈良ドリームランドに開通」などと書かれたプレートが模型の側面に接着剤でベタっと張り付けられ、ずいぶん大雑把なもんだなぁと感じてしまいました。


現地のドリームランドでは橋脚や軌道桁の製造風景、橋脚自体、建てる場所に直接丸太の足場を組み、鉄筋組み・型枠組立・コンクリート流し込みと、今では考えられないような作り方で工事していました。

また、どこかの資料で読んだことがあるのですが、ドリームランドモノレールの関係者が犬山モノレールの建設現場を視察した時に、桁も橋脚もシステム化されて量産されていたことに驚愕したといったような記述がありましたが、確かに奈良モノの場合は橋脚は現場でコンクリート打ち込み・桁は木枠に流し込んで作っていくという、国産跨座式モノレールとして急ぎ建設を進めていたにせよ、すべての技術が遅れをとっていると感じてしまう風景が映し出されていました。

奈良モノに存在した転轍機も、あまりにも簡素な造りと感じてしまいますが、当時の東芝モノレールのカタログには、映え良く写真が掲載され、カタログ素材としての役割は果たしたように感じます。

それでもモノレールはめでたく完成し、ドリームランドの人気アトラクションになったのは言うまでもありません。数々の写真や図面を見ていると、クライアントの多難な注文に応えるべく、当時の東芝は手探りながらも懸命にモノレールを作り上げていった様子がうかがい知れます。乗客の乗降を短時間で処理するために作られた側面扉など、その発想の大胆さと構造の簡素化、それを確実にまとめ上げたなど、結果的にディズニーランドのモノレールに似た外観になってしまいましたが、よく作ってあるなと感じる部分もあるし、ずいぶん無理をしているなと感じる部分もありました。
クライアントと東芝の関係は大船線の建設でも続きましたが、クライアント側の無理な注文の常套化、見切り発注、そして路線変更、仕様変更と状況の様々な変化に対してそれぞれの連携がスムーズに行われなかったことが仇となり、乱暴な言い方ですが「勝手にしろ」とか「後は知らねぇよ」とか、無責任な方向に流れてしまって、結果的に短期間の運行で終わってしまったドリモノがモノレールの黒歴史となってしまったようです。

大船線の問題が大きくなり、東芝側では大船線に関する資料を一切処分してしまいました。これは協力会社にも及ぶこととなり、今も昔もあまり変わらない・・・・というのは言い過ぎでしょうかww
今回、今まで見たことのなかった10形の写真がありました。

鮮明な画像ではありませんが、ウィトリッヒの森の急勾配に差し掛かる前と思われる場所で撮影されたものです。
ドリーム号かエンパイア号かは不明です。
たまさか、自分もこの場所の近くに模型を持参して撮影した写真があります。

ちょっと嬉しかったです☆
資料は万博モノレールにまで及んでいましたが、モノレールの表舞台から降りてしまった東芝は、それでもしっかりモノレールの世界を支えていたのがよくわかりました。
大船線から半世紀以上経ち、現在東芝は存亡の危機を迎えています。
しかし、モノレールの件を見ても、やっている事が昔と変わっていないんだなと思ってしまうのはワタクシだけでしょうか・・・
また、最近は大きな企業がデータの改ざんなどでニュースに取り上げられています。
ドリモノもれっきとしたデータの改ざんがありました。
これもまた、昔から変わらない日本企業の姿勢なのでしょうか・・・
あまり難しいことは書きたくありませんが、残念な気持ちになってしまう事には変わりありません。
m(_ _)m
【追記です】東芝がモノレールの売り込みを熱心に行っていた頃、次の路線候補として着目していたのが千葉であることもわかりました。
実際の風景写真にイラストを描きこんだものなのですが、車体の前面には「CHIBA」と標記されており、当時の関係行政機関に働きかけていたのかも知れません。
バックは現在の千葉都市モノレール「市役所前駅」あたりの当時の風景で、現存する東京入国管理局の建物が写っています!!このイラストのモノレールがまたカッコイイのですョ☆
後になって、千葉市には懸垂式モノレールが開通したのですが、場合が場合でしたら跨座式モノレールが走っていたのかも知れません。
いずれの場合でも千葉市のモノレールがカッコイイ事には変わりありませんネ☆
改めてm(_ _)m